昭和の銘仙(めいせん)

昭和30年代、着物はごく普通の家着で、私の母なども銘仙の着物に半幅帯の貝の口結びで掃除・洗濯をこなしていました。
冬には今ではもう見かけなくなったネルの裾除け(そのころはお腰と呼んでいました)にネルの足袋、またはタビックスというたび型の分厚いソックスを履いている事もありました。

着物と特に意識もしない、ごく普通の家着だったのです。

それから、だんだん洋服が普及して、今では家の中で着物で生活できるのは家事をしなくてもいい身分の人だけになってしまいました。
私の母も家の中で着物を着ることはなくなり、大決心してその着物を全部ほどいてしまったのです。

そして、その銘仙の着物たちは今度は布団に変わったのでした。
大きな布団針や布団の四隅に付ける房用の糸など、ごく普通に街の裁縫屋さんに売っていました。
裁縫屋さんって、今でいう手芸用具屋さんのことです。家庭で布団を縫うのはごく普通のことだったのです。

やがては、この布団たちも中の綿がくたびれてしまって捨てられたのですが、銘仙の生地はしぶとく生き残り、やがて彼女の孫たちのベビー布団に生まれ変わったのでした。
市販品ならウサギやぬいぐるみなどの模様のベビー布団でしたが、銘仙のベビー布団は昔の幾何学模様で、真っ白の布団カバーと合わせると本当にかわいらしいものでした。

そして、孫たちがベビー布団を卒業するころになって、母の銘仙も少し引っ張っただけ簡単に裂けてしまう状態となり、お役御免になりました。
思えば母と一緒に40年以上働いてくれたのです。
なんて丈夫な生地なのでしょう。

着物独特の、長方形を組み合わせる裁断方法だからこそ、ここまで働いてもらうことができたのです。

<補足>
銘仙とは、一般にいう“平織りの絹織物”のことです。
大正から昭和にかけての女性の普段着として、また、お洒落着として日本全国に普及しました。

(ライター : n.m