惚れ惚れするいい女 戸名瀬(となせ)
歌舞伎座の演目の中に「仮名手本忠臣蔵」の九段目「山科閑居」の場があります。山科閑居とは、大星由良助が世間の目をごまかしながら暮らしていた京都山科の家のことです。
大星家の息子・力弥と許婚(いいなずけ)の関係にあるのが加古川本蔵の娘・小浪です。大星家と加古川家の関係は大星家の藩主の刃傷事件で敵同士になってしまいました。江戸版ロミオとジュリエットという訳です。
本来ならこの縁談は破談ですが小浪はどうしても力弥と添い遂げたいというのです。そこで、頑張るのが本蔵の後妻、小浪から見れば継母の戸名瀬です。戸名瀬の立場からすれば、この縁談には何もいいところがありません。なにしろ相手は断絶した家の元家老の息子なのですから結婚しても苦労するだけで、加古川家にとっていい縁談とは言えないのです。
山科閑居の場は、小浪、戸名瀬母子が大星家に結婚してほしいと直訴に行く場面から始まります。大星の妻・お石が二人の申し出をきっぱり断ると、小浪も戸名瀬も落胆のあまり自害するというのです。なんてお人好しな継母なんだろうとまずびっくり!普通なら、もっけの幸いとばかりにさっさと帰るところでしょうが、戸名瀬は一緒に死のうというのです。
自害しようとしている二人をお石が止めます。止められた二人は結婚にOKが出たものかと大喜びします。ここでも、戸名瀬の喜び方は、あたふたした感じでいい人感満載です。結局、小浪の父・本蔵が自分の首を差し出すことで結婚が決まります。
戸名瀬は最初は濁江文様の茶色っぽい打掛姿で登場します。良家の妻女にふさわしい、地味ながら品格のあるいでたちです。その後、打掛を脱ぐのですが、掛下は見事な緋色の綸子です。
そこで初めて、戸名瀬が後妻といっても随分年若い後妻なのだとわかります。本蔵さんとは年の差婚だったんだ、大年増だと思いきや、中年増の女盛りという訳です。その若い後妻さんが、まるで妹のような継娘のために、命がけでひと肌脱ぐのです。
戸名瀬の赤い掛下姿をみると、「江戸の人も戸名瀬には惚れ込んだんだろうなあ」とうっとりしてしまいます。
(ライター : n.m)