夏芝居 〜 夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)
冷房のない時代の芝居小屋といえば、夏は暑苦しくて居心地の悪い場所でした。興行主は、何とか観客を集めるための工夫をします。その工夫のひとつが、背筋がぞっとするおぞましい場面やストーリーです。その場面に本水を使って涼を取る工夫をしたのです。
そういった工夫をされたお芝居のひとつに夏祭浪花鑑があります。題名の通り、上方歌舞伎ですがいわゆる心中ものとは趣が違います。主人公は大阪、泉州(今の堺市や岸和田市)の侠客で、強欲な舅を誤って殺してしまうお話です。
この演目の見せ場は殺人が行われる「殺し場(ころしば)」です。主人公が怒る舅をなだめようとして誤って殺してしまう場面ですが、この時に本水と本泥を使うので「泥場」とも呼ばれる場面です。水と泥にまみれて立ち回る凄惨な場面に水際立った見得が披露されます。この時は素裸に赤の下帯姿ですから、俳優の体格が型の美しさに大きく影響してしまいます。太っていては格好がつかないので、俳優を選ぶ役どころでもあります。背景には、遠くの「だいがく」が夜目に美しく映えます。「だいがく」というのは、木で組んだ骨組みに提灯をぶら下げてつくった一種の山車で、竿灯とよく似たものです。
このお芝居では、出演者の衣装は、男性は帷子(麻のきもの)に角帯、浴衣に角帯、女性は紗の一重に白い襦袢です。帷子は比較的地味なものですが、浴衣は大きな格子柄の派手なものが主になります。心中物の登場人物が渋みのある金持ちの衣装なのに比べると、派手で目立ついかにも大阪らしい衣装です。
物語のはじめには、侠客とその妻たちの清々しい心意気が描かれますが、終盤は泥まみれの凄惨な殺し場で、その中で美しい見得をきるなど、いわゆる勧善懲悪ものや心中ものとはちがう歌舞伎の多面的な面白さがあります。舞台は大阪泉州、台詞は生粋の大阪弁、垢抜けしない部分がたくさんある侠客ものですが、なぜか東京でもよく演じられる人気の演目です。
(ライター : n.m)