世代を超越する着物センス

私が19歳になった頃、母や祖母は成人式の振袖の用意に夢中になっていました。
久しぶりに大きな買い物をすることに興奮していたのです。
当の私は着物にはまったく関心が無く、他人事のような気でいたのですが、ある日、母と祖母に連れられて、とある呉服屋さんに行きました。
その呉服屋さんは「あそこは、よう勉強しはる」というので、母や祖母もお世話になっていたところです。
「よう勉強しはる」要するに、よく値引きしてくれるという事です。

その呉服屋さんでは、その家のおばあ様がお客の相手をしてくださるのですが、どういう加減か、私に勧めてくださったの着物は当時流行っていた有職柄の大振袖ではなく、縮緬の総付けの訪問着でした。
それも、地色は紺色、模様は大きなカトレアだけで、縫い取りも金糸銀糸も一切なし。その頃の振袖のイメージとは全く違うものだったのです。
なにしろ、「このお嬢様にはこれが似合う」の一点張りで、こちらも特に反対する理由もないのでその着物を買ったのでした。八掛も帯もすべてそのおばあ様のお見立てです。
その後、その訪問着は成人式だけでなく、友人の結婚式からおけいこ事の席まで、ずいぶん重宝に着させていただきました。

やがて、私の妹も成人式を迎える頃になり、同じ呉服屋さんへ行きました。
この時も件のおばあ様が、このお嬢様にはこれが一番似合うといって、白地に紫の模様の振袖をすすめられました。
母も祖母も「白は汚れが目立つし太って見える」などと思いはしたものの、おばあ様は一歩も譲る気配がないので、その振袖を買ったそうです。

蛇足ですが、私の実家は商店街の中にあるうどん屋です。
「お嬢様」などと呼んでくれた人は後にも先にもこのおばあ様一人だけです。
私たち親子はこの言葉の魔力にかかって鷹揚な買い物をしたのかもしれません。

あれから40年以上経って、私の娘は結納式にあの縮緬の訪問着を着ました。
妹の娘たち二人は、成人式にあの白地の振袖を着ました。
もちろん、帯も新調することなく当時のものを使うことができたのです。
古いものなのに、一向に古びた感じもなく、娘たちも大喜びで着てくれました。
あの時に流行りものを買っていたら、今では陳腐な感じになって、娘たちは着てはくれなかったかもしれません。

考えてもみてください。今の時代、振り袖や総付けの訪問着を新調すればどんなに散財しなければならないか。
呉服屋さんのおばあ様の選んでくれた着物は40年たっても時代遅れになることなく、私たちの実生活で大活躍してくれたのです。おばあ様の着物センス恐るべし!

(ライター : n.m