究極のぜいたく品 〜 麻の着物
最近、あまり聞かれなくなった言葉に帷子(かたびら)という言葉があります。もともとは着物という意味でしたが、近世になってからは夏物の単衣の着物をさすようになりました。近年では麻の着物のことを帷子といいます。
夏のきもので、もっとも着心地がいいのは麻です。綿にしても、絹にしても基本的に保温性があります。保温性のある素材を、できる限り薄く、できる限り隙間を多くして涼しく着られるように工夫した織り方が紗や絽なのです。
ところが麻には保温性がありません。もともとの感触がひんやりしているのです。通気性がよく吸水性もあるので汗をかきにくく、また、かいた汗を素早く吸収してくれます。強度もあるので丈夫な着物になります。しかも、水にぬれると強くなるという、他の繊維には見られないメリットがあります。洗濯ができるので夏の普段着にぴったりなのです。しわになりやすいのが大きな欠点ではあるのですが、きものの後ろ側、膝裏にあたる部分にくしゃくしゃとしわが寄って裾がツンと上がっているのも夏の着物の風情のひとつでもあります。
日本の在来種として大麻(ヘンプ)がありますが、現在は麻といえば亜麻(リネン)か苧麻(ラミー)です。丈夫な普段着用の繊維として、木綿と同じく日本各地で織られていましたが、現在でも麻の反物を生産しているのは、沖縄県八重山、宮古(八重山上布、宮古上布)、滋賀県(近江上布)、石川県(能登上布)、新潟県(小千谷縮、越後上布)など限られた地方です。
上布とは麻を平織にしたもので、細い糸で絣文様を織り出すものが有名です。艶やかで透け感があるので7,8月用の薄物に区分されています。また、縮は上布に独特のシボをつけ肌との接点を減らすことでより涼しく着られるように改良されたものです。上布と同じく、透け感があるので薄物の範疇に入ります。
宮古上布、越後上布、小千谷縮は国の重要無形文化財に指定されている貴重な工芸品です。価格は、さらっと百万円を超えます。都心部の呉服店で陳列されている作家ものなら軽く三百万円を超えてきます。それでも、礼装にはならないので軽い食事や観劇までで、目上の人とのディナーなら避けたほうが無難です。絣文様を重要視しますから奇抜なデザインは少なく、あくまでも地味で品の良いものです。年に2,3回着るか着ないか、しかも、礼装にはできない、こう考えると究極のぜいたく品かもしれません。高価な生地ですから、ハギレがたくさん販売されています。少し、大きなハギレなら夏のカットソーにリメイクすればとても涼しくておしゃれな逸品になります。
あまりにも高価な上布や縮は誰でもが着られるものではありません。でも、重要無形文化財の指定を受けていない地域のものなら上布でも5万円程度から買うことができます。それでもお手頃価格とは言えませんが、一枚はほしい夏の着物です。
(ライター : n.m)