江戸の二大デザイン

江戸時代に小紋と並んで人気の高かったのが縞柄です。

縞柄というのは、ご存知の通り現代でいうストライプ柄のことなのですが、当時の縞柄には、この言葉から想像されるような明るい印象はありませんでした。

普段着性の高い柄

江戸幕末風の縞柄は、暗い茶色や紫、赤を複雑に組み合わせながら作られていました。

つまり色を殺してデザインされていたということなのですが、ある意味でこれは普段着の色使いと言っていいでしょう。近年縞柄があまり見られなくなったのは、この普段着性によるものと思われます。

もちろん現代でも縞柄はあるのですが、単色の縞や細い縞が主流で、江戸風の棒縞や唐桟縞はあまり見られません。

禁令のため仕方なく

この縞柄が主流になったのは、松平定信の寛政の改革からだといわれています。定信が倹約令を発布して派手な衣裳を禁じた後に、水野忠邦の天保の改革でさらに細々と禁令が出されたため、江戸人は仕方なしに縞柄を着たのです。

ボディーラインを綺麗に出せる

縞は柄としては極めて地味ですが、一つだけ優れた点があります。それは人間の体の線を綺麗に出すことができるところです。縞を綺麗に着こなした女性は、固体というより流体のように見え、またとても肉感的になります。

年輩の人の中には今でも着物を着るときにショーツを履かない人がいます。それは、ショーツを履くことで体の線が崩れて見えるのを怖れてのことなのですが、逆に言えば、着物はそれほど肉体を強調する衣服なのです。

よく、洋服は肉体の線を強調し、和服はこれを隠そうとする、といいます。それもその通りなのですが、ある種の和服には、まさにそれゆえに、隠された肉体の淫靡さを前面に出すようなところがあるのです。

縞はぞろりと着ます。つまり体を微妙にうねらせて肉感的な感じを出します。もともと見栄えのしない柄なので、肉感がないと老けっぽくなってしまうのです。

伝法・鉄火のファッション

縞が最も似合ったのは、水茶屋の女や町芸者といった人々でした。彼女たちは格式に守られた吉原の花魁や筋目の芸者と違って、ことあるごとに幕府から目をつけられていました。そこで地味も極まる縞模様を着たわけですが、その代わり目立たぬところに金をかけたファッションを創始したというわけです。これが当たって、良家の子女すら彼女たちのファッションに憧れるようになりました。

そんな彼女たちの美意識や生き方を「伝法」とか「鉄火」と呼ぶのですが、残念ながら伝法や鉄火のファッションは、背筋をぴんと伸ばしたいいところのお嬢さんや武家の奥さんには似合いません。彼女たちが縞柄を着ると、なんだかひどく野暮ったくて落ちぶれた感じになってしまうのです。

肉体より精神を強調する小紋

このように縞柄がどうしても似合わない人たちが発達させたのが、実は小紋というわけです。こちらは肉体より精神の可愛らしさが強調されるデザインです。

この小紋と縞が江戸の二大デザインといえるのですが、小紋のほうは現代でもよく見ることができます。実際、若い女性がこれを着ると清楚で可愛らしい感じになりますし、年輩の女性が着ると上品でしとやかになります。

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